成績はある時の一瞬のタイミングであがる。弱小店舗のあけしめには逃がしてはならない急な場面がある   



/////////////////// 弱小店舗の放出作戦のヒント ///////////////////////


成績のあがるタイミングは一瞬で決まる

12時昼頃の新幹線博多行きの車中で

A 「・・・ここのところ、機種を出しているんですが・・・
データを見て頂いたと思うのですが・・・
○○○の開店で○○○は海のイベントがあって!・・・
そして、上がって来ないんですよね。
釘は開けています。S%もあがっているんですよ。」

 B 「・・・社長!釘をあけているのに、
出ないという時はどのように対応したら良いと思いますか?・・・」

A 「そこなんです。そこがわからないんです。」

B 「社長!釘をあけて出ないということは、
釘を開けていないということなんですよ。
                    
(*釘を開けたならば、開けたんだから開くのがあたりまえ。)

まず、社長にその解釈が必要なんですよ。
何回もわたしが言うようにS%だけにこだわって、
いてはいけないと言う事はこんな事なんですよ。
S%をあげても出なければ、
S%をあげた事にはなっていないと言う事なんですよ。
                     
(*稼働率のバランスと景品還元率に
不釣合いがある事に気づいていなようだ.
つまりは客数対比相応の景品ワクの応分の負担が必要だと。
固定観念からなる古い図式を固執している場合、
単にこのような傾向が当てはまる。
ただ、それを割数だとか、S
%だとか戦略を単発でしがみついているのはオカシイ。)

6.3回で、出なければ、6.5回でも・・・
と、開けるべきなんですよ。
景品額の動きをよく見て、差玉の出かたにも注意をしたり、
負担額が上がり過ぎていないか等を
見ていくことが大事な仕事ですから・・・」


POINNT
「釘をあけていますよ。」
「S%も高いですよ。」であっても、
実際の玉(目標した玉数)が
出ていなければ、あけた事にはならない。
また、これらをもって、開けたとは言わない。
この考え方ができるか、それともできないかが、
放出政策の展開では分岐点と言える。

ここが政策を現場感覚で見る放出のポイントになる。

ここの解釈を間違えるとお客さまと異なる
全然、別な感覚が存在する事になる。
これではお客様が逃げていくと言うよりも、
お客さまをこちらから逃げるように仕向けていることになる。

この時がお客さまが離れていく時であるならば、
最高に高ぶる深刻なお客さまの
「不快指数」は絶頂に達していることに違いない。

ここに効率的出玉放出を仕掛けるのが、
逆にお客さまを留めておくばかりか
、最高に高まりつつある、「不快指数」を
「爽快指数」に変えるという放出効果に転換させる
立派な演出手法を駆使した事になる。

この時に、はじめて、お客さまは負け込んでいた不安から
開放されて胸を撫でおろすのである。
             
これほど、フアンにとって、
この一瞬は感極まりない劇的瞬間でもあり、
ストレス解消の最適な場と化すのである。
この気持ちが判らずして、
これから、ますます厳しい冬の到来に
立ち向かうことなど出来る筈がない。

成績があがる瞬間も、
それをダメにする瞬間も
すべては現場感覚にある。
弱者の戦法の根源が、ここから始まっていることを
しっかりと肝に命じるべきではないか。




チャンスはいくらでもあるが、
タイミングはナカナカやって来ない。

釘をあけたのだから、
あとは吹かない、吹いてしまった等で、
仕方ないと断言するのは甚だ勝手な行為で、
それはお客さま向けの責任転嫁であり、
それこそ、顧客第一主義に対する暴言である。

それならば、釘師はいらない。
そんな仕事は誰にでもできる。
増して、タイミングを日夜、探し求めて、
必至になっている作戦家には無縁なこと。

                           
成績をあげる瞬間が何かを見つけ、
その瞬間にあらゆる力を注ぐことが出来なければ、
チャンスはあっても、タイミングの標準は段々と合わせ難くなっていく。

そしてたまたま、うまくいったとしても、
政策的な原因とか教訓にはならず、
つぎの対策はピントハズレなボケたものとなっていく。                     
そんなケースは、どう言うわけだか、
よわい店に
ありがちな作風として
よく見かける事からも決してあなどれる事ではない。
                         
このように、よわい店の現状から見渡す限り、
出玉放出の作戦的仕掛けのタイミングを
いとも簡単に崩しているようにしか思えてならない。
「ズレ」ることさえも、今は許せない。           
そんな余裕が今になっては、ないからだ。

こんなに落ちるまで何をどうしてきたのか。ツケは大きい。
なのに、少しでも息抜きをしたいと思うならば、
今までの仕事の仕方を変えるべきだ。
       
これが、弱者の戦略担当の戦いの要求水準となる。
また、それが命運を分ける暗黒の時代に
自分を賭ける弱者の今日的戦いの姿でもある。                              

成績をあげる一瞬がこのように、
今後の運命を決定づけてしまうほどに緊要な条件ならば、
少々の苦労があっても、その瞬間を大事にするであろう。 
                      
しかし、いつの日も、時代の要求性と
自分の存在理由が曖昧で
拒絶反応と反抗心をあらわにしている人間から、
真の政策に遭遇したことは、まずない。

たったひとつの記憶もない。
わたしの業界史でたったひとつの真実の
バロメータは「心から、本物」か・・・である。   
  
保身主義者がつくる政策の中には
偽りが往々にして多いようだ。

なぜならば、保身を擁護するための自分の方便がなければ、
影に存在するウソの自分に理解を求めることが出来ないからであろう。   
こんな時の言い訳ほど醜いことはない。
なぜか、見え過ぎている時は、なお更、醜い。
                  
情けないのは、このように貴重な一瞬の対応が
自分の運命を左右している事をわかっていない浅はかさである。
それは、危機意識のない甘えの意識構造に歴然と起因している。


もし、そうであるならば、不鮮明な意識をスカッとさせていこうではないか。
勿論、それには、自己の改革を自分で挑む強い存在でなければ、
戦略的放出仕掛けの仕組みを確立していく多難な露呈をこなしてはいけない。


そうである限り、成績を駄目にする
構造からも一生抜けられないであろう。
ここを見逃して、いくら努力しているとは言っても、それは嘘になる。

なぜならば、成績の上がらない事をいくらしても、
成績は上がらないからである。それは仕事ではない。
仕事をしている事にはならない。
もう、これ以上、格好をつけるのはやめよう。

ひたすら、「成績をあげるタイミング」の戦略方式を開拓しよう。
チャンスをあたえられても、タイミングまでつくってはくれない。

すべては、当事者意識から始まる・・・


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by pyuaraito | 2008-02-05 22:08 | 釘の家庭教師

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