「ぼんぼん育ち」と「下町っこ」の場違いな出会いの共通点が見つからない(NO1)   


「ぼんぼん育ち」と「下町っこ」の場違いな出会いの共通点が見つからない



・・・ある夏の猛暑日のこと・・・


「ボンボン」っていう、
おしゃぶりキャンデイーが駄菓子屋にまだあった頃・・・
いや、今でもあるかも知れないけど見かけることがない。

野球のボールよりは小さく、
ゴルフの玉よりは大きい氷の塊がゴムに覆われている。
静岡県は浜松市のある公園の一角で、
友達と「しゃぶり」ついていたのが、
そのキャンデイーの「ボンボン」である。

それも大の大人がブランコにのって・・・
大人と言ってもまだ、
20代前半のガキの頃ではあったが・・・
想像しがたい場面ではある。



貧乏イコール・・・
あの頃が瞬間的に脳裏を掠めることがある。

小遣いも呑み代もまま成らない時代・・・
ふたつ後輩の友達が夏負けしたのか歩けない。
もともと彼は、体は細く色白で背がひょろっと高いから
病弱といわれても仕方がないが・・・

「ちょっと、ここで待ってろ!
すぐ戻るから・・・」と、ボンボンを買ってきた。

ポケットには5円玉しかないので1個しか買えなかったが、
「おい、これをこうやってかじるんだ」と
丸い氷のゴムをかじって見せた。

彼は「ボンボン」に、出会うのが初めてで、
目をキョロキョロさせながら、見入っている・・・
雪国育ちで夏系には縁が薄いのかも知れない。

彼の田舎は北海道の小樽の近くだといっていた記憶がする。
猛暑を経験することがないから当然だ。

そして、大変だといっても
苦労知らずの「坊ちゃん」だから
丁度、「ボンボン」の氷が、お似合いだ。

おいしい、おいしいとかじりついていた。
貧乏人ならば知っている駄菓子屋の氷菓子を
えらく感激していた彼こそ、
「ぼんぼん」育ちであるから、笑えて来る。




あの頃はそんなギャグは思いつきもしなかったが、
ボンボンを思い出すと、
あの「ぼんぼん野郎」で、吹いてしまうのは、
その後の強烈な出会いが証明している。

苦しみと多難に満ちた青春時代の苦い思い出も
今となれば、すべてを優しさに変換できるのは、
単に過ぎ去った時間のセイなのだろうか。



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by pyuaraito | 2008-02-23 02:00 | 弱小ホールの悩み

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