2008年 03月 06日 ( 1 )   

ー 先頭で旗をふることができなければ・・・ ー   


 //////////// 死にたくない。 生きてやる! /////////////

ー 先頭で旗をふることができなければ終わりだ! ー




死ぬ思いをした。
今だに、ここに生きているのが不思議な時がある。

今から20年も前のことだった。
心臓の痛みからいつも発作がやまなかった。
2~3日に1回は来る夜明けどきの、激痛は容赦なく続いた。

あれから、7~8年はいつも、
胸が締め付けられて息ができない恐怖感に不安な日々を送った。

単身赴任のため、食事・生活のバランスは勿論、不規則であったが、
何より自分には達成しなければならない使命から、
とても逃れる環境と条件になかった・・・・・

多大な借金を背負って圧迫されていた。
年の頃は確か41歳の時であった。

営業資金は最初から何もなく、
やっと儲けた1000万を使い果たせば会社は死ぬ!
そして俺も死ぬ!崩壊寸前の綱渡りをしていた。

そこから一時も逃れる事のできる筈もなかった環境は
いつの間にか体まで蝕んで、それでもそこに、ムチを打っていた。

夜が来るのが怖かった。
朝が来たら「今日もまた生きていた!」と・・・

その喜びをひとり、ひそかに噛み締めていた。
発作は決まって、夜明けの4時半頃から
朝方の7時半頃までと不思議な現象が起きていた。

暫くして,知ったのは単純な心臓メカニズムのサイクルであった。
心臓の1日のギヤーチェンジは夜明けに行なわれると言う事である。
そのチェンジが噛み合わない瞬間の姿が心臓発作だという。

その時にはさすがに、
根性は誰にも負けないと自負していたこの体に
恐怖心が走って治まらなかったことを
昨日のようにシッカリと鮮明にも記憶している。

心臓のシステムが単純であればあるほど、
ひとつの間違えが命取りになり易い。
単純なだけに恐ろしい。

あれから、間もなく第一線から撤退を余儀なくされた。
前線で旗を振る体力ではなかったからだ。

周辺がいだいていた私のイメージは強靭な精神力に、
青年の情熱と決断と行動力らしいものを期待していたらしい。

どの業界もそうだが弱小店舗のぱちんこ経営者は
タフでないといけないが自論でもある。


特に成績が悪かった訳ではない。

競合が0分、3分、7分以内にひしめく中で
280台の小さな店舗に
1日2000人以上の客数をズッと集客していたから・・・
ここで地域一番店を維持し続けるほど、
無理が体を直撃していた。

でも、進退の曖昧さは無責任に思えた。
やるかやらないか。やるなら徹底してやる。
中途半端はやったうちに入らないと
幹部には主義主張を自画自賛していたからだ。


そしてフアンの期待を裏切る前に去ることを選択した。
いまでもそれを悔やんではいない。
でも残念なキモチは、いっぱいある・・・


弱小店舗の再生に苦しんでいる
悩ましい現状は傍で見るほど
単純ではなく複雑な要因が絡み合っている。

真あたりにする度に、
我が身もかえりみず、
無理をしては、痛い体にムチ打つことになる

それは、弱小店舗から這いあがる過去が
わたしの人生であり、
厳冬の時代に耐えて生き抜く
社長とか店長の姿がわたしの生き様でもあるから・・・


また、新たに挑戦を覚悟し始めている・・・

大変な時代のなかでも
第一線で旗をふる限り、
現場は改革の
道を閉ざしません。


本当にがんばってください!




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by pyuaraito | 2008-03-06 12:13 | 弱小ホールの悩み